Since えひめネットワークセミナー1995
えひめインターネットアーカイブ

我々はインターネットの創世記に巡り合わせて30年
働き盛りの年を経て今や後期高齢者。
生きてきた証を今残さなければ失われてしまいます。
皆様の汗と涙の物語を記録したいと計画しました。

えひめネットワークセミナー グループ

1995年開催の愛媛ネットワークセミナー

(インターネットセミナー開催資料)

「障がい者支援NPO「ぶうしすてむ」の創成期」

「ぶうしすてむ」が将来、障害者の雇用の受け皿として安定的に事業を展開するためには法人格を取得して、運営の責任の明確化と行政からの事業の受託を行うことが先決であるという考えから、1999年に愛媛県にNPO法人の申請を行う計画を立て取り組んできました。私がちょうど横須賀の研究所に出向していたこともあり、東京で開催されていたNPO設立セミナーに参加し、書類を整え、仲間と試行錯誤して準備したことは今でもよく覚えています。 その甲斐もあり、助成金などの申請が可能になり、初期の機材購入等を進めることができました。

その時、愛媛県立松山盲学校を退職された岡井先生が運営していた衣山の作業所が社会福祉法人となりその施設を利用させていただく形で、運営場所も確保されました。その場所を利用して研修会や名刺の受注などボランティアベースでの活動を続けました。当時の大沢理事長はほぼ無償のボランティアに近い状況で事業を回してくださったこと、また続く加藤理事長と多くのボランティアの協力がありました本当に頭が下がります。やがて衣山の作業スペースが使えなくなりました。そこで、我が家の1階を、ぶうしすてむの作業場として使っていただくことになりました。なかなか貴重な経験でした。家主はいないのに、家の1階で作業が行われていたのですから(笑)。筆順ソフト「かけるくん」の開発と、皆で手分けしたデータ作成などの思い出があります。
そうこうしている中で、先年亡くなられた理事の重松克成さんの伊予市の住居を作業スペースとして貸して頂く事になり移転したのだったと思います。私は、転職のため愛媛を離れることとなり、そのあたりで、「ぶうしすてむ」は黎明期を終えたのではないでしょうか。その後の執行部の皆様のご尽力のおかげで、今の状態に至ったことはとても嬉しい限りです。

 私は、ICTは身体機能の代替や補完をする上で、そのカスタマイズ性の広さと深さから、障害のある方の学習にとって重要なツールであるということを念頭に、学校教育での活用を進めてきた経緯があります。ちょうど総務省の光の道プロジェクトで、愛媛県中の視覚障害や肢体不自由の方のパソコン教室の講師でまわっていたことことが懐かしいです。その流れで、彼らが社会に出た後、ICTを生かして仕事を得られることが必要だと願い有志で立ち上げました。これまで様々な形で一緒に活動したり、周りからサポートしてくださった皆様、今へと引き継いでくださったみなさまに心から感謝の気持ちでいっぱいです。


氏間和仁研究室 先生は今も障がい者支援に取り組んでおられます。  
氏間研究室のホームページ(視覚障害教育に関する研究室)

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