Since えひめネットワークセミナー1995
えひめインターネットアーカイブ

我々はインターネットの創世記に巡り合わせて30年
働き盛りの年を経て今や後期高齢者。
生きてきた証を今残さなければ失われてしまいます。
皆様の汗と涙の物語を記録したいと計画しました。

えひめネットワークセミナー グループ

1995年開催の愛媛ネットワークセミナー

(インターネットセミナー開催資料)

橋田直久の略歴

 
1962年(昭和37年)生まれ 
1986年(昭和61年)4月 愛媛県庁に事務職として入庁
農林水産部、保健環境部、県民福祉部、生活文化部、経済労働部、総務部、人事委員会、土木部、観光スポーツ文化部の行政に携わる(一所属での長期勤務は、国際交流課8年、漁政課5年、西条地方局農政課5年)
2023年(令和5年)3月 愛媛県総合科学博物館館長職を最後に定年退職
2023年(令和5年)5月から (一社)えひめ産業資源循環協会専務理事
 

一ユーザーから見たOA、ニューメディア、ICT

私は基本的にはいわゆる文系人間で、高校の物理が電気の分野に入った途端理解をあきらめた口です。しかし、機械を使うのは好きで、中学生の時には、BCLで、世界各国放送局のベリカードを集めるのに熱中していました。

社会人最初の任地は、西条地方局の農政課でしたが、職場はアナログの時代の最後で、起案・浄書は、ペン書きのインクで行うこととされており、支給文具にカートリッジ式の万年筆がありました。

しかし、社会人2年目以降、段階的に、ワープロ印字が公文書として認められるようになり(それまで、活字の公文書は和文タイプライターだったようです)、いわゆるオフコンが導入され、財務会計もオンライン化されていきました。

自身も(文系人間にもかかわらず)字が下手だったので、いち早く個人的にワープロを購入しましたが、偶々その機種(NECの文豪mini7G)では、付属部品とモデムを購入すれば、パソコン通信が可能であったこと、農林水産部の先輩職員に、愛媛県まちづくり総合センターにホスト局を設置していたECCC(愛媛コンピュータコミュニケーションクラブ)への入会を勧められたことから、パソコン通信に足を踏み入れました。

その後、私がパソコン通信に関わった当時、「ニューメディア」と言われていたものが、「マルチメディア」「IT」「ICT」と技術・ツールの発展とともにその呼び名を変えて、社会インフラとなっていった様を、一ユーザーとして見てきました。

今回の機会に、一ユーザー視点から見た時代の流れを追いかけていければと思っています。

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